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注意:音量には十分お気をつけて!

Earth, Wind & Fire

Earth, Wind & Fireと言えばディスコ。
ディスコと言えばEarth, Wind & Fire。

“ディスコ”というワードを今耳にすると
少々赤面してまう感がありますが、
Earth, Wind & Fireの曲はもちろん別物だと感じている。

ファンクリズムの軽快な音に乗せる
ハモリちっくボーカルが何ともセクシー。

立てノリと横ノリの違いで
時代が感じられますな。


日本ではディスコと言えば、、、
マハラジャ or ジュリアナ東京あたりになるだろうか?

バブル絶頂期。

男、イタリアンスーツのもちろんダブル。
女、ボディコン・ワンレンどんとこい。

今となっては全てが死語に聞こえてしまうが
中々の肉食系である。。。


今の親世代がバブルの絶頂期世代とすれば
モンスターペアレントが多い理由も何だかわかる気が。
内に溜まったパワーを
発散すべき先が無い時代になってきているんでしょう。

そのパワーをネガティブに発散してもしょうがない。
どうせ発散するならもっとみんなにポジティブパワーをおくれ。


あんた達ならできるぜベイベー!(死語)


“September”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

アース・ウィンド・アンド・ファイアー (Earth, Wind & Fire) はアメリカの伝説的なファンクミュージック・バンドである。
全盛期はモーリス・ホワイトとフィリップ・ベイリーのツインヴォーカル、重厚なホーン・セクションと程良いコンピューターの打ち込みによる電子音を取り入れたのが特徴であった。1980年代半ばには、その大きな売りであった生のホーン・セクションに、他のバンドに先駆けてコンピューターの打ち込みによる電子音中心のバンド形式に変え、実験的な音作りも取り込んだ。現在は、パーキンソン病にかかってしまったモーリスに変わって、フィリップが中心メンバーとして活動している。

来歴
モーリス・ホワイトは初期はジャズ・ドラマーとしてラムゼイ・ルイスのバンドに参加していた。彼のバンドを離れた後、1969年にシカゴにて、『ソルティ・ペパーズ』を結成、キャピトルからシングルを残す。1970年には活動拠点をロサンゼルスに変え、バンド名もアース・ウィンド・アンド・ファイアー(以後EWF)と改名。占星術によるとモーリスは土、風、火の要素があるからと言う事からと、宇宙論を結びつけ、Earth, Wind & Fire(土と風と火)と名づけた。(当時の人気バンド、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの模倣という説もある。)ワーナーと契約、モーリスの兄弟のヴァーダインにフレッドを含めた10人の大所帯バンドとなる。2作リリースするがヒットはせず。

1972年にコロムビア・レコードに移籍、フィリップ・ベイリーが加入。コロムビアには以後1990年まで在籍する。1973年にHead To The Skyをリリースし、ゴールド・ディスクを獲得する。1975年にはThat's the Way of the World(『暗黒への挑戦』)を、同名の映画のサウンド・トラックとしてリリースし全米アルバム・チャート第1位を獲得するが、映画はヒットせず。この映画にはモーリスも出演しており、彼等の貴重なライヴ映像も見ることが出来る。

1976年にモーリスは自己プロダクション、カリンバ・エンタテインメントを設立。モーリスは、「Boogie Wonderland」に参加している「エモーションズ」等をプロデュースしている。1978年にはCBS/コロムビアの元、ARCレコードを設立。

1980年に2枚組の大作Faces(フェイセス)を発表した頃から、彼らのサービス過剰とも言える音楽性がリスナーに飽きられ始める。1983年に発表したElectric Universe(エレクトリック・ユニヴァース)では、ついに大きな売りであったホーン・セクションを捨て、電子楽器中心のサウンドを展開させるが、人気の凋落に歯止めを掛けることはできず、活動を一時停止、各メンバーはそれぞれソロ活動に移る。フィリップ・ベイリーは1983年にフィル・コリンズのプロデュースでChinese Wallをリリースし、"Easy Lover"をヒットさせる。彼は以後も不定期ながらソロ活動をしている。モーリスも1985年に唯一のソロ・アルバムとなるMaurice Whiteをリリースし、"I Need You"をヒットさせる。

1987年にTouch the Worldをリリースし、活動を再開。1990年代に入ると、モーリスはプロデューサー業に専念するようになるが、1994年の全米ツアーには参加せず。この頃よりモーリスはパーキンソン病に罹ったため、1995年にライヴ活動をリタイア、以来のEWFの活動はフィリップが中心となっている。

2004年にモーリスと共にEWFは来日公演した。2007年にはスタックス・レコード(コンコード・レコードにより復活)より、EWFのトリビュート・アルバムInterpetationsをリリース。モーリスはエグゼクティヴ・プロデューサーとしてこのプロジェクトに参加。

2009年12月4年ぶりの来日が決定。東京国際フォーラムで12月11/12日、大阪、札幌などは近日発表される予定。


ここまで引用。

以上。



Rage Against The Machine

Rageを聴けば思い出す。
あの街、ハコでの青春を。

何せRageはやばかった。
何だこの音この声は。
体の芯から何かが爆発するほどの衝撃を受けた。

そんなRageの曲は
政治的、宗教的な糾弾表現が多い。

宗教のことは良く分からないが日本以外を見れば、
多くの国は宗教に対する自愛と自尊を
兼ね備えている場合が多い。

それ故、宗教闘争は避けて通れない道なのかもしれない。
しかし裏を返せばそれだけ強い愛国心の表れなんだとも思う。

はたして自分は日本のことを
どれだけ知り、どれだけ愛しているのだろう。
正直、
あまり深く考えたことはない。

それでも日本人に生まれたことを嬉しく、
そして日本人が大好きであることは間違いない。

もっと深く考えることが必要なのかも知れない。
そんなことをまじまじ思ったりもする今日この頃である。。。


話がややこしくなりそうなのでシンプルに。

個人的にはRageと言えばもうひとつ。
“guerilla radio”
この曲そうです“PRIDE”のテーマ曲である。

これを耳にするたび
テンションMAX、本能怪獣になったものである。

フェティータさん、
UFCなんか足元にも及ばないぜPRIDEの。
それがおっさん心の叫びよ!


“guerilla radio”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against the Machine, 英語圏ではRATM、日本ではレイジと省略される場合が多い)は、1990年にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたロックバンド。1990年代の新興音楽ジャンルのひとつであったミクスチャー・ロックの先駆的バンドの一つ。ギタリストのトム・モレロはレイジの音楽を「レッド・ツェッペリン・ミーツ・パブリック・エナミー」と評している[要出典]。

メンバーは思想的にマルコムX、チェ・ゲバラ、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアなどから強い影響を受けていることから、歌詞の多くは急進的左翼思想に裏付けられた政治メッセージが表されており、またムミア・アブ・ジャマールの釈放を求めるなどの政治活動も積極的に行っていた。

2000年にボーカルのザックが突然脱退を表明し、それを契機にバンドは解散。ザック以外のメンバーは元サウンドガーデンのクリス・コーネルをボーカルとして迎えオーディオスレイヴというバンドで活動し、3枚のアルバムを発表したが、2007年1月23日にコーチェラ(Coachella Valley Music Festival)にてレイジの再結成ライブを行うと発表し、その3週間後にクリスは脱退しオーディオスレイヴは解散、その後、レイジはワールドツアーを展開している。

なお、『バトル・オブ・ロサンゼルス』に収録されている「ゲリラ・ラジオ」は総合格闘技PRIDEの主題歌になった。


メンバー
ザック・デ・ラ・ロッチャ(Zack de la Rocha, 1970年1月12日 - )(Vo)
政治色の強いチカーノ壁画家である父と、反戦活動家である母の間に生まれる。RATM以前はユースクルー・ハードコア/ストレイト・エッジバンド「インサイド・アウト」のボーカルをつとめていた。RATM解散後も音楽活動は続けていた。毎年ソロ・アルバムの発売の噂が流れるものの、現在のところ発表には至っていない。2008年7月、元マーズ・ヴォルタのドラマー、ジョン・セオドアとのプロジェクト「ワン・デイ・アズ・ア・ライオン」(One Day As A Lion)を突如発表、ミニアルバムをリリース。

トム・モレロ(Tom Morello, 1964年5月30日 - )(G)
ケニアの民族過激派マウマウ団の一員で後にケニア初の国連代表となる父と、公民権運動や検閲反対運動に関わってきた活動家である母の間に生まれる。ハーバード大学で政治学を専攻し、首席で卒業。議員秘書を務めていたこともあるが、リベラルな思想が災いし解雇され、本格的に音楽活動を始めることになる。ユニークなエフェクターの使用法やスクラッチ奏法など、独創的なギタープレイで高い評価を得ている。
2007年にナイトウォッチマン名義でソロアルバム『ワン・マン・レヴォリューション』を発表した。ハイスクール時代にトゥールのアダム・ジョーンズとElectoric Sheepというバンドを組んでいた。2009年にThe Coupのブーツ・ライリーとともに新バンドとなるストリート・スウィーパー・ソーシャル・クラブを結成。2009年6月に発表されるアルバムには世界最高峰のドラマーの1人であるギャラクティックのスタントン・ムーアが参加している。

ティム・コマーフォード(Tim Commerford, 1968年2月26日 - )(B)
Tim.C、Tim Bobなど作品毎にクレジットが異なる。
ブラッド・ウィルク(Brad Wilk, 1968年9月5日 - )(Dr)
パール・ジャムのエディ・ヴェダーとかつてバンドを組んでいたことがある。

バンドの特徴
彼らのライブステージにはよく、後ろにチェ・ゲバラの肖像画がかかり、アンプの前などにアメリカ国旗が逆さまに吊るされていた。 9.11テロ後、すぐにラジオ局においてバンドの全楽曲の放送自粛がなされた。これはこのバンドの影響力の強さを物語っている。


ここまで引用。

以上。
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