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注意:音量には十分お気をつけて!

Nas

キングオブニューヨークこと
ヒップホップ代表Nas。

Jay-Zとのビーフ合戦は有名は話ではあるが、
両者に対するリリックのイメージ、
Jay-Z=成功を露呈することによる夢に対するポテンシャルの供給、
Nas=ゲットーから這い上がり成功を掴み取るための指南書の供給、
そんなイメージ。

それぞれが意味あることは当たり前ですが、
個人的にはNasの方が好きだ。

なんというか等身大。

彼の生い立ちおよびそれらを取り巻く環境を
リアルに感じることができる歌詞、
まさしく等身大。

Nasのリリース作品のジャケセンス、
個人的にモロハマリ。
これがNasをより一層好きになった要因でも
あるんですが。。。

まぁ結局はビーフ合戦も含めてエンターテイメントとして捉えた場合、
個人の趣味は個人の範疇によって決まるものなので
何が良くて何がそうでないかの話は人それぞれなんで
それがおもしろかったりもするっちゅう話で。


何を言ってるかよう分からん内容になっていますが、
話を戻してここで紹介するNasの曲、
“I Can”。

サンプリング音、
聞き覚えのある音である。
そう、“エリーゼのために”。

シンプルな音に乗せるNasのラップ、
フック部分の子供たちのラップ、
音にノってますがなかっこいいですベリーグッド。


つまりは、
“Yes, we can!”
Nasがとっくに言ってるぜ!


“I Can”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

ナズ(Nas、本名:Nasir bin Olu Dara Jones、1973年9月14日 - )は、アメリカ合衆国のヒップホップMC・作詞家・音楽プロデューサー・俳優である。ナスと表記されることもある。妻はR&B歌手のケリス (現在は離婚)。

概要
中学校を中退しているにも関わらず、高度な文章力を持っており、リリックの深さを評される。
1994年に発表されたデビューアルバム『イルマティック』は極めて賞賛されており、クラシック(時代を選ばず、誰もが名作と呼べる作品)と称されている。
麻薬の売買やギャングスタの生活を題材としたギャングスタ・ラップから、ゲットーの現実や、そこから抜け出そうというポジティブなメッセージ、世界情勢などを題材にしたコンシャス・ラップまで、幅広いを内容のリリックをラップするMCである。
曲の中に銃声や、汚い言葉が多いため、ペアレンタル・アドバイザリー指定になっているCDも多く、また、物議を醸す発言や行動も多い。

経歴
ニューヨーク市のブルックリン区に生まれ、クイーンズ区の南西部、ロング・アイランド・シティ地区に位置するクイーンズブリッジ団地で育つ。父はジャズ・ミュージシャンのオル・ダラ(Olu Dara)。弟もヒップホップMCであり、ブレイヴハーツ(Bravehearts)というヒップホップ・ユニットで、ジャングルという芸名で活動している。また、1994年頃に生まれた娘、ディスティニー(Destiny)がいる。この子はNANAと呼ばれていて、彼の作品の歌詞で時折出てくる。彼女は5枚目のアルバム『スティルマティック』のエグゼクティブ・プロデューサーとなっていて、『ストリーツ・ディサイプル』(2004年)では彼女に捧げた曲が収録されている。

ナスは学校を8年生で退学し、そのころからドラッグの売人となる。退学をしてもナスは勉強を続け、クルアーンや聖書、5%ネイションの教書を熟読する。幼いころのナスは、漫画家になるか、父のように楽器奏者になろうと思っていたが、ヒップホップに親しんでラップも早い時期から始めていた。

ナスのラップがレコード上に登場したのは1991年、ヒップホップグループ、メイン・ソース(Main Source)の曲、「ライヴ・アト・ザ・BBQ」においてである。この時の第一声が"street's disciple"であった。16歳にしてすでに枯れて趣のある声、ラキムに影響を受けたフロウと詩性を感じさせる歌詞が話題となる。その後サード・ベースへの客演などを経てファースト・アルバム『イルマティック』をリリース。当代随一のリリシストであるナスのラップに加えて、ラージ・プロフェッサー(Large Professor)、ピート・ロック、DJ・プレミア、Qティップ(Q-Tip)ら当時のニューヨークのトップ・プロデューサーがこぞって参加した本作は多くのヒップホップ雑誌から高い評価を受けた。また、本作自体はセールス面で振るわなかった(2年間で50万枚)が、当時のいわゆる「西高東低」の(東海岸ラッパーよりも西海岸ラッパーのほうが人気があった)情勢に一矢を報い、同郷クイーンズのラッパー達(同世代のモブ・ディープ、1世代上のトラジェディなど)が人気を得るための布石となった。この作品には実父オル・ダラも参加している。

ここまで引用。

以上。



Gwen Stefani

NO DOUBTののリード・シンガーである
Gwen Stefani。

スタイル抜群、
パワフルで中々気が強そうなグウェン姉やん、
しょっちゅう来日してたイメージがあったが
そういうことね・・・

大の日本好きな彼女。

世界中にファンが多いニッポン。
派手さも奥ゆかしさも兼ね備えるニッポン。

嬉しい限りではあるが、
そんなニッポン、
暗いニュースに塗れてばかりじゃいかんでしょ。


ここでは元気が出る曲、
“Hollaback girl”

グウェン姉やん、
テンクス。


“Hollaback girl”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

グウェン・ルネイ・ステファニー(Gwen Renée Stefani、1969年10月3日 - )は、アメリカ合衆国の女性歌手。スカパンクバンド、ノー・ダウトのボーカリストでもある。

Stefani とはイタリア系のファミリーネームであり、実際には「ステファーニ」と発音する。 Stephanie(ステファニー)という女性のファーストネームとは全くの別物である。日本での愛称は「グウェンちゃん」、または「グウェン姉さん」。

来歴
生い立ち
カリフォルニア州オレンジ郡アナハイムにて、イタリア系の父親とアイルランド系及びスコットランド系の母親の間に生まれる。
カリフォルニア州立大学フラトン校卒業。

音楽活動
十代の頃に、実の兄とバンドを組んだのがきっかけで音楽活動を始める。

1992年にノー・ダウトのボーカルとしてアルバムデビュー。1995年の「Tragic Kingdom」がヒットした。 2001年にはU2のエレベーションツアーで前座を務めラスベガス公演ではゲストとしてライブに参加している。 この前後から女性ラッパーのEVEやテクノミュージシャンのモービーの作品への客演をこなす等、バンドの活動と平行してソロ名義での活動を推し進めて行くようになる。 2004年、初のソロアルバム『Love. Angel. Music. Baby.』を発表した。 グウェンは大の日本びいきで、特に原宿を好み、このアルバムにも原宿に集まる女性からインスパイアされた「Harajuku Girls」や「What You Waiting For?」、「Rich Girl」という曲がある。曲中には日本語(ホコ天、美少女、ヒステリックグラマー、大阪、東京など)が使われている。

同年10月にセカンドアルバム『The Sweet Escape』をリリース。メインプロデューサーはファレル・ウイリアムス。 日本のオリコンチャートでは週刊アルバムチャートで初のトップ10入りを果たすなど、日本でも大きなヒットとなった。 先行シングルである「Wind It Up」(邦題「グウェン姐さんのねじ巻き行進曲」)は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の劇中歌である「ひとりぼっちの羊飼い(Lonely Goatherd)」を大胆にサンプリングした非常にアグレッシブな曲である。プロモーションビデオも『サウンド・オブ・ミュージック』を意識して作られている。現在ノー・ダウトは彼女以外のメンバーで新作アルバムを製作中である。

その他の活動
シンガーとしてだけでなく、モデル並みのスタイルの良さと、そのファッションセンスで圧倒的な支持を得ている。「L.A.M.B.」というファッション・ブランドも手がけている。また、2004年公開の映画『アビエイター』では往年の女優ジーン・ハーロウを演じている。

私生活
1987年から1994年まではノー・ダウトのベーシストであるトニー・カレルと交際。2002年9月14日にイギリスのロックバンドブッシュのフロントマン、ギャビン・ロスデイルとロンドンで結婚。2006年5月26日には長男を、2008年8月21日には次男を出産。


ここまで引用。

以上。
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