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USA for AFRICA

アフリカの飢餓救済のために発足されたプロジェクト、
“USA for AFRICA”。

そのプロジェクトで生まれた、
もはや何の説明もいらない“We、Are The World”。

世界的に有名なスーパースター45人が集い、
歌い上げた“We Are The World”。

現在でも各国で多くのアーティストが終結して
カバーを歌い上げるなど、

現在のみならず未来に繋がる永遠の名曲として
後世に語り継がれることでしょう。


それにしても、
改めてすごいメンバーだ・・・


“We Are The World”



以下、
Wikipediaより。

USAフォー・アフリカ(USA for Africa, United Support of Artists for Africa)は1985年にアメリカのスーパースターが一堂に会したプロジェクトの名称。当時深刻化していたアフリカの飢餓救済のためのチャリティー・ソングである「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」をリリースした。

いきさつ
1984年、ボブ・ゲルドフの呼びかけでイギリスのスーパースターたちが集まり、アフリカの飢餓救済のためのプロジェクト「バンド・エイド」を結成。大きな話題を呼び、チャリティー・ソング「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」が大ヒットする。

これに触発された形でハリー・ベラフォンテがアメリカで同様のプロジェクトを作ることを提唱する。呼びかけたのはまずライオネル・リッチー。そこからマイケル・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダー、クインシー・ジョーンズら数々の大物アーティストが芋づる式に呼びかけに応じ、最終的に集まったアーティストは45人に達した(主な参加アーティストはウィ・アー・ザ・ワールドの項を参照)。もちろん無償である。

マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが共同で曲を書き、プロデューサーのクインシー・ジョーンズの下、1985年1月28日にレコーディングが開始された。プロジェクトは「United Support of Artists」のイニシャルとアメリカ合衆国の略称とのダブルミーニングで「USAフォー・アフリカ」と名付けられ、3月8日、「We Are The World(ウィー・アー・ザ・ワールド)」をリリース。世界的な話題を呼んだこの曲は瞬く間に世界各国でチャート1位を記録した。しかし日本では、通常盤と12インチ盤とで売り上げ集計が分散されたこともありオリコン週間シングルチャート最高位は第2位であった。(通常盤と12インチ盤を合計すれば同チャート1位相当、同12インチ盤第1位は小泉今日子の「常夏娘」)。

「We Are The World(ウィー・アー・ザ・ワールド)」はシングルとアルバムの両方がリリースされた。また2004年には制作ドキュメンタリー映像「We Are The World THE STORY BEHIND THE SONG」のDVDがリリースされている。


ここまで引用。

以上。



Bullet For My Valentine

イギリス発メタルコアバンド、
Bullet For My Valentine(ブレット・フォー・マイ・バレンタイン)。

クオリティの高さはデビューアルバムから突出。

私自身、あまり縁のないジャンルですが、
激しいメタリックサウンドに乗せるメロディアスなボーカル、
貫禄十分、完成度の高い音には思わず愛聴してしまうほど。


音楽にジャンルは多数あれど、
聴く音楽をジャンルで限定するのは勿体無い。

改めてそう思わせてくれた彼らに拍手。


“Tears Don't Fall”



以下、
Wikipediaより。

ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン(Bullet For My Valentine)は、
ウェールズ出身のメタルバンドである。

概要
アイアン・メイデンやメタリカ、パンテラといったメタルバンドからの影響を前面に出した独特な音楽性を持つ。

1998年に結成され、12 Pints of my Girl Friends Blood、Jeff Killed John、Opportunity in Chicagoといったバンド名を経て、2003年からブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインとして活動している。

2004年に本国イギリスで発表したミニ・アルバムが高い評価を受け、2005年のデビューアルバム『ザ・ポイズン - The Poison』がヒット。一躍若手人気バンドとなった。

SUMMER SONIC 2005に出演し初来日を飾る。

2008年1月28日、2ndアルバム『スクリーム・エイム・ファイア - Scream Aim Fire』をリリース。本作は、前作『ザ・ポイズン』のセールス記録を大幅に塗り替える作品となった。

2008年5月、サポートバンドとしてProtest The Heroを迎え『BULLET FOR MY VALENTINE Japan Tour 2008』の公演を行う。

LOUD PARK 08に出演。

2010年4月27日、3rdアルバム『フィーヴァー - Fever』をリリース。

2010年9月1日・2日にスペシャルゲストにBring Me The Horizon ・サポートアクトにCancer Batsを迎えて来日公演を行う。


メンバー
・マシュー・タック (Matthew "Matt" Tuck, 1980年1月20日 - ) - リードボーカル、リードギター、作詞
バンドの歌詞は主に彼が手がけた架空の物語や、前述の自らの喉のトラブルを唄った『デリヴァー・アス・フロム・イーヴィル』等、メンバーの実体験を中心としている。
インタビュー等の発言から生意気で好戦的なイメージを持たれているが、実際は控えめで大らかな性格らしく「僕を怒らせたかったら余程酷い事をしなければならない」と語っている。メンバーの中では酒もあまり飲まない(パッジに言わせれば「稀に酔った時は手が付けられない」ようだが)。

・パッジ (Michael "Padge" Padget, 1978年9月12日 - ) - リードギター
前衛的なギタープレイを信条としており、『スクリーム・エイム・ファイア』収録曲では度々活躍している。ジェイソン曰く「寡黙」。バンドでは最年長なのもあって、他のメンバーの相談相手になる事も多いという。
使用機材であるESP Michael Padget Vはかつてデイヴ・ムステインのシグネイチャーモデルであったDV8をモチーフにしている。

・ジェイソン・ジェイムズ (Jason "Jay" James, 1981年1月13日 - ) - ベース、ボーカル
スタジオアルバムにおけるボーカルは全てマシューのものだが、ライヴでは一部のボーカルを彼が担当。特に、マシューが喉を痛めてからは更にそのパートが多くなる。パッジとは喧嘩仲間。

・ムース・トーマス (Michael "Moose" Thomas, 1980年6月4日 - ) - ドラム
フューネラル・フォー・ア・フレンドのライアン・リチャーズ(Dr, Vo)と親交があり、公式写真で彼と共に写っていたり、スペシャルサンクスに彼の名前を挙げていたりしている。


ここまで引用。

以上。
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