訪問感謝、音楽アップさせてもらって感謝。 一曲いい曲、ふらっと立ち寄る音楽の宿。
いい曲音楽生活宜しくどうぞ。随時更新。


注意:音量には十分お気をつけて!

Norah Jones

ジャズシンガーとして世界的に有名なノラ・ジョーンズ。

ジャズと言えど、
随所に多様なジャンルを取り入れている彼女の音ですが、

彼女の芯の詰まった声に乗ると、
途端に癒しが濃縮された良質な音楽へと変わる。

ポップ要素の音を取り入れつつも流行に頼らない音楽性で、

ジャズを進化させようとする、
また彼女自身が本当にジャズが好きなんだと感じさせる音楽に

聴くものの心の奥をほっと一息、
落ち着かせてくれる不思議な力を感じることができます。

適度に力が抜けた彼女の声、
それでもベースがしっかりしている彼女の声、

いわゆる“大人声”と言わせてもらいますが、

ピアノを弾きながらその声で歌う彼女の姿を見ると
誰もが心惹きこまれるほどの魅力あるアーティストと言えるでしょう^^


“sinkin'soon”



以下、
Wikipediaより。

ノラ・ジョーンズ(Norah Jones、本名:Geethali Norah Jones Shankar、1979年3月30日 - )は、アメリカ合衆国のピアノ弾き語りジャズ歌手、ジャズ・ピアニスト。

ジャズのスタイルを取りながら、ソウル、カントリー、フォーク、ポップスなど、米国ポピュラーミュージックのサウンドを取り入れたデビューアルバム『Come away with me』(邦題:『ノラ・ジョーンズ』)が1800万枚を売り上げ、グラミー賞では主要4部門を含めノミネート部門すべてで受賞し8冠を獲得。ビルボードのコンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャートで143週連続1位(2002年3月16日付?2004年12月4日付)を記録するなどの記録を残した。2004年2月にリリースした新作アルバム『フィールズ・ライク・ホーム』は発売後5日目にミリオンセラーとなった。


グラミー賞受賞

グラミー賞へのノミネートは当然との見方はもとより、何部門でノミネートされるかが関心の的となりつつ2003年1月7日に八部門でノミネート。1月25日、アジア・オセアニアのツアーの最中、米国アルバム・チャートで首位に躍り出し、発売から一年に満たない期間で、米国内での売り上げ枚数は270万枚を越すこととなった。

第45回グラミー賞(2003年2月24日、現地時間は2月23日)でノミネートされていた八部門中、

アルバム『Come Away With Me』に対し、
最優秀アルバム賞(Album of the Year)
最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞(Best Pop Vocal Album)
最優秀録音賞、ノン・クラシカル(Best Engineered Recording, Non-Classical)
ノラ・ジョーンズ本人に対し、
最優秀新人賞(Best New Artist)
曲目『Don't Know Why』に対し、
最優秀レコード賞(Record of the Year)
最優秀楽曲賞(Song of the Year (songwriter)、作者:ジェシー・ハリス)
最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞(Best Female Pop Vocal Performance)
プロデューサーのアリフ・マーディンに対し、
最優秀プロデューサー賞(Producer of the Year)
と、ノミネート全部門での受賞となり、この年のグラミー賞の話題をさらうことになった、このときノラは、まだ23歳であった。


ここまで引用。

以上。



P!nk

2000年にリリースされたデビューアルバム、
“Can't Take Me Home”が世界中で大ヒットしたP!nk(ピンク)。

アッパーな曲からバラードまで感情豊かに歌い上げる様は
まさにクイーンオブディーバのひとりとして誰もが認める
ところでしょう。


近年の作品ではロック色が強くなっている印象もあったりしますが、
個人的にP!nkのイメージはバラードの方がしっくりきます。

パワフルでロックな風貌とのギャップ、
それがそう思わせてる要因なのかもしれませんが・・・

なにはともあれ、
ロックしている彼女の人生、
カッコいいと思わずにはいられません^^


“Dear Mr President ”



以下、
Wikipediaより。

P!nk(ピンク、1979年9月8日 - )は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。本名はAlecia Beth Moore。2000年に、R&Bシンガーとしてデビューした。

来歴・人物
デビューまでの過程
ティーンの頃にクラブへ顔を出すようになり、ほとんどの時間をダンスフロアやステージで費やすようになっていく。彼女はそのクラブで、スクラッチと言う名のダンサー(後のザ・ルーツのメンバー、スクラッチ)に出会い、彼の所属するラップグループでバッキング・ボーカルをやらせてもらうようになる。その後、毎週金曜日にはクラブでレギュラータイムをもらい、メアリー・J. ブライジの曲などを歌うようになる。

本格的に作曲を始めたのは14歳の頃で、スタジオに入ってデモテープの制作も始めていた。

ある日、R&Bグループのシンガーを探していたあるレコード会社のA&Rがクラブを訪れ、彼女を気に入り、「BASIC INSTINCT(ベーシック インスティンクト)」というグループのオーディションを受けるよう彼女に勧める。 オーディションに合格したものの、グループはすぐに空中分解、その後、当時LA.リードが社長を勤める、LA Faceレコードが契約した「チョイス (Choice)」というグループに抜擢されたが、このグループもデビュー直前まで漕ぎ付けながらあえなく解散してしまった。

しかし、これがきっかけでLA.リードと知り合ったP!NKは、彼に自分の作ったデモテープを聴かせたところ気に入られ、デビューすることになった。


デビュー以後
2000年初頭、P!NKはベイビーフェイスやシェイクスピアなどのR&B界を代表するプロデューサーたちを招いてアルバムの制作を開始した。

デビュー・シングル「ゼァー・ユー・ゴー」は全米で7位を獲得、続けてリリースしたセカンド・シングル「モスト・ガールズ」は、全米4位を記録した。

アルバム『キャント・テイク・ミー・ホーム』は、アメリカでビルボードアルバムチャートに連続59週間チャートインし、カナダ、オーストラリアでダブル・プラチナム、イングランドでもプラチナ・ディスクを記録。

2001年に入り、クリスティーナ・アギレラ、リル・キム、マイアと歌ったミッシー・エリオットのプロデュース映画、『ムーラン・ルージュ』の主題歌「レディ・マーマレード」(パティ・ラベルのカヴァー)が全米シングルチャートで5週連続1位、グラミー賞を獲得。 なおこの曲は2001年のMTVのVIDEO MUSIC AWARDにおいて、VIDEO OF THE YEARとBEST VIDEO FROM A FILMの2部門を受賞した。

同年の11月20日、2ndアルバム『ミスアンダストゥッド』をリリース。 このアルバムに収録されているほとんどの曲を、元4NonBlondsのリンダ・ペリーと共同制作。 これまでのR&Bテイストに変わって、先行シングル「ゲット・ザ・パーティー・スターテッド」に象徴されるような、ファンキーなテイストのロックが中心となっている。Billboard誌初回登場8位、世界中で1,200万枚をセールスし、発売日から数日でプラチナアルバムという偉業を成し遂げた。

2003年11月には、3rdアルバム『トライ・ディス』をリリース。前作に引き続きリンダ・ペリー、そして新たにランシドのティム・アームストロングも参加。前作以上にロック色濃い作品となった。この作品からのシングルカット「トラブル」は、「レディ・マーマレード」以来、ソロとしては初のグラミー賞を獲得。

2006年、3年振りの4thアルバム『アイム・ノット・デッド』をリリース。マックス・マーティンとブッチ・ウォーカーがプロディーサーとして参加し、サウンドが更に重厚になった。ボーナストラックに、実父とのデュエット曲も収録されている。

2007年、映画『カタコンベ』に、キャロリン役で出演。

2008年、5thアルバム『ファンハウス』をリリース。1stシングル「ソー・ホワット」は、自身のソロとして初の全米1位となった。


ここまで引用。

以上。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。