訪問感謝、音楽アップさせてもらって感謝。 一曲いい曲、ふらっと立ち寄る音楽の宿。
いい曲音楽生活宜しくどうぞ。随時更新。


注意:音量には十分お気をつけて!

曽我部恵一

元サニーデイ・サービスのボーカル曽我部恵一。

2000年に解散したサニーデイ・サービス。

どこかノスタルジックな感情を
思い起こさせる彼の歌声。

ソロになってから更に歌が
上手くなった印象を受ける曽我部さん。

彼の特徴である気取らない肩の力が抜けた世界観、
そんなソウルフルな彼の今後を期待していきたい。


“恋人たちのロック”



以下、
Wikipediaより。

曽我部 恵一(そかべ けいいち、1971年8月26日 - )は、日本のシンガーソングライター。香川県坂出市出身。

サニーデイ・サービス、曽我部恵一BANDのボーカル、ギターとしても知られる。インディーズレーベル「ROSE RECORDS」主宰。香川県大手前中学校・高等学校卒業。

来歴・概要
1992年、立教大学法学部在学中に、サニーデイ・サービスを結成。
1993年、インディーズ・レーベルよりデビュー。シングルとアルバムを一枚ずつリリース。
1994年、ミディへ移籍。『星空のドライヴep』でメジャーデビュー。
1995年、メンバーチェンジののち、ファースト・アルバム『若者たち』をリリース。以後、7枚のアルバムを発表。
2000年、サニーデイ・サービス解散、その後結婚。解散後一年間は、雑誌への文章寄稿やDJ活動などを行う。
2001年、長女・ハルコ誕生。所属事務所「MUGEN」を立ち上げる。12月にレディメイドよりシングル「ギター」でソロデビューするも、翌年、ユニバーサルミュージックへ移籍。2枚のアルバムを発表。
2003年、ダブルオー・テレサをバックにライブ活動を開始する。また、自身のレーベル「STUDIO ROSE」を立ち上げ、インディーズ・リリースというかたちで、自身が気に入っているミュージシャン、tomohiro with music tape recordersと「RAYMOND TEAM」をリリースする。この2枚の発売が後のROSE RECORDSへと繋がっていく。
2004年、ユニバーサルミュージック契約終了を機に、下北沢に「ROSE RECORDS」発足。以後の自身のリリースおよび、マネージメントはすべてROSEで行うことになる。
2005年、ドラムに数々のレコーディングセッションで活躍するオータコージと、ダブルオー・テレサから大塚謙一郎と上野智文を迎え、曽我部恵一BANDを結成。結成時はまだ曽我部のバックバンド的な要素が強かったが、ライブの本数の増加や、曽我部のアルバムへのレコーディング参加により次第にバンドとして形になっていき、12月には曽我部恵一BANDとして、ライブアルバムを発表する。
2006年、下北沢にレコードショップ&バー「city country city」をオープンする。また、ダブルオー・テレサ解散により、曽我部恵一BANDの活動も加速していき、2007年にはライジング・サン・ロックフェスティバルで大トリを務めるなど人気も上昇していく。
2008年、曽我部恵一BAND結成3年目にして初のオリジナル・アルバム「キラキラ!」を発表、オリコンチャートにチャートインもした。同年夏にはサニーデイ・サービスを再結成し、ライジング・サン・ロックフェスティバルでライブを行った。
2011年1月「曽我部恵一と前野健太の一週間」ライブを行う。各公演で新曲を1曲づつ披露するという画期的なライブ。福岡公演よりスタート。


ここまで引用。

以上。



大知正紘

期待の若手シンガーソングライター、
“大知 正紘”。


小林武史に才能を認められ、
彼のプロデュースで音源を発表。

たまたま耳にした曲、“明日の花”

若さとパワーを感じる歌声にも魅せられましたが、
それよりも歌詞の世界。

この年齢でこの歌詞を書けるキャパ、
巷に出回るいわゆる売れ線J-popのそれとは
全く比較にならないものだと感じる次第。

これからの彼に期待したいところです。


“明日の花”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

大知 正紘(おおち まさひろ、1991年1月20日 - )は、日本の男性シンガーソングライター。「ストファイHジェネ祭り'08」に出場し、審査員特別賞を受賞。2010年4月に、小林武史プロデュースによる『さくら』の配信曲でデビューし、『初恋クロニクル』の主題歌となる。2010年9月8日に、テレビ朝日ミュージックからファースト・シングル『手』を発売。高校生の時に、名古屋駅前で路上ライブを行っていた。


ここまで引用。

以上。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。