訪問感謝、音楽アップさせてもらって感謝。 一曲いい曲、ふらっと立ち寄る音楽の宿。
いい曲音楽生活宜しくどうぞ。随時更新。


注意:音量には十分お気をつけて!

スガシカオ

スガさんの曲を初めて聴いたのはFMラジオ、
もうそれなりの時が経ったがそこで流れていた“黄金の月”。

ギターワウに跳ねたベース、
そんなファンクリズムそのものに乗せて聴こえてきたハスキーボイス、
ただ単純にカッコ良かった。


その後、彼のファーストアルバム“CLOVER”、
歌詞カードをめくりながら
スガシカオの世界観を感じていたことを思い出した。

スガシカオに感じるアーティストイメージ、
雰囲気という何とも言えないニュアンスの部分を醸しだすのが
とても上手い情緒的なアーティストの印象。


そういえば昔、何かの雑誌でダニー・ハザウェイやアレサ・フランクリンを
愛聴していたという記事を見た記憶がある。

ブラックミュージックがスガシカオの根幹にあるのだとしたら、
彼の作り出すファンクの音と歌詞の世界観がなんとも絶妙にマッチする
理由がわかるような気がする。


私個人的には荒削りさを漂わせながらも色が滲み出て
腰にくる、そんな音に乗せるスガさんの情緒的な曲が好きなので、
正直なところ最近の曲は物足りなさを感じてしまう部分が多い。

音楽もビジネスと密接に関わりがある以上
様々な理由により製品化されてしまう部分もあると思いますが
それでも大丈夫。

彼の中にはブラックミュージックが流れている。

それさえあれば痺れるスガさん、
そんな姿がいつでも見れるはずだぜ自分に言い聞かす。。。


“黄金の月”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

スガ シカオ(本名:菅 止戈男(すが しかお)、1966年7月28日 - )は、東京都渋谷区出身の男性(シンガーソングライター。血液型O型。公式ファンクラブ名は「SHIKAO & THE FAN-KEY-TRAIN」である(デビュー後10年での発足)。東京経済大学卒業。

プロフィール
1995年、インディーズよりミニアルバム「0101」を発売。その後、現所属事務所であるオフィスオーガスタと契約。
1997年2月、キティ・エンタープライズ(現ユニバーサルミュージック)より1stシングル『ヒットチャートをかけぬけろ』でメジャーデビュー。以後、ラジオ局のヘビーローテーション、音楽専門誌を中心に、業界の注目を集める。同年9月、1stアルバム『Clover』発売。
1998年、SMAPのシングル『夜空ノムコウ』に詞を提供。SMAP初のミリオンセラーとなり、スガシカオの名も一躍全国区に知れ渡る。同年8月には初の全国ツアーを敢行。
1999年、杏子、山崎まさよしとのスペシャルユニット「福耳」名義でのシングル、『星のかけらを探しに行こう Again』が発売。
2001年、5thアルバム『Sugarless』発売。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。
2003年、BMGファンハウス(現・アリオラジャパン)に移籍。作品は所属事務所提携レーベル「オーガスタレコード」からの発売となる。
2006年、NHK制作番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のためのスペシャルユニット「kōkua」に、ボーカル及び作詞・作曲として参加。その主題歌『Progress』を発表。
同年2月には1966年生まれのアーティストが集結したイベント「ROOTS 66:DON'T TRUST OVER 40」に参加。トータス松本、田島貴男、斉藤和義等と共演。
同年12月、第57回NHK紅白歌合戦に初出場。ソロ名義で『Progress』を演奏。
2009年、FM802主催のミートザワールドビート2009に出演。

音楽性
歌詞は考えると理屈っぽくなってしまうので、何も考えないで書く。特にまじめじゃない歌詞は酒を呑みながら4時間くらいで書く。4時間を超えるとべろべろに酔っ払う。酒が入っていないと自分を守ろうとしてしまい、カッコつけてしまう。また、過去にラブレターの代筆をやったことがあり、見たこともない女の子に向けて書いたことが今の歌詞に繋がっているのかもしれない。
デビュー当時から、そのざらついた感触の、だが良い意味で耳に残る声がラジオ業界を中心に注目される。初期の頃は大人の女性を中心に人気を獲得、ライブ会場の客層も女性が大多数を構成していたが、近年では、「エッジの効いた」作詞で男性ファンも増加。本人もそれを認めている。
ツアー時のバンド名は「Shikao&The Family Sugar」だが、これは音楽的に影響を受けたスライ&ザ・ファミリー・ストーン (en:Sly & the Family Stone) に由来する。
SMAPのシングル『夜空ノムコウ』を作詞(アルバム『Sugarless』でセルフカバーしている)。同じく、ジャニーズ事務所所属のKAT-TUNのシングル『Real Face』に作詞提供(作曲はB'zの松本孝弘)、嵐のシングル『アオゾラペダル』に楽曲提供している。
作家の村上春樹のファンであり、その作品に相当影響を受けている。村上もまたスガの独特な歌詞に魅力を感じているという(村上『意味がなければスイングはない』)。村上『アフターダーク』では、実際の曲が使用されており、これについて「いつ音楽をやめてもいい」とまで語っている。春樹チルドレンを自称。また、戦後詩の代表的な詩人である鮎川信夫にも影響を受けたと語っており、『SWEET BABY』の中に出てくる「Oh SWEET BABY 胸のシリコンはまだ今でもそんなに痛むかい」という歌詞など、鮎川信夫の代表作である『死んだ男』の作中にある「Mよ、地下室に眠るMよ、きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか」との類似点も多く、その影響がうかがえる。
学生時代はノイズバンドをやっていた。その時に録音した音源はデビューシングルのカップリング曲「ひとりぼっち」のトラックに使用されている。
音楽で最も影響を受けたのはFLYING KIDSだと公言している。特にファーストアルバム『続いてゆくのかな』が出た直後「自分のやりたかったことを全部やられた」とショックを受けて、1年程音楽活動から遠ざかったという。

ここまで引用。

以上。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。