訪問感謝、音楽アップさせてもらって感謝。 一曲いい曲、ふらっと立ち寄る音楽の宿。
いい曲音楽生活宜しくどうぞ。随時更新。


注意:音量には十分お気をつけて!

K-Dub Shine

ジャパニーズhiphop代表キングギドラのMC、
K-Dub Shine。

98年発表の“説明不要”。
踏み続ける韻、
パンチラインがハンパない。
それを意味あるリリックとして創造できる
こんなリリシストはそうはいない。

これ聴きK-dubさんにワンパンノックアウト。
まさしく説明不要。


ファンではお馴染みの愛称、コッタくん。
hiphopとはどういうものかということを
教えてくれるコッタくん。

b-boyに対して、
あまりhiphopに馴染みのない人は
イカついイメージ、ガラの悪い不良的なイメージを
持っている人も多いかもしれない。

中にはカッコだけのなりきりチンピラも
いたりしますが・・・


しかしhiphopミュージックほど
本当の意味でグッとくる機会を多く与えてくれる
音楽もそうはないと考えます。

hiphopとは文化である。
そのひとつの要素、
hiphopにおける音楽とは自分の考えを
ブレイクビーツに乗せてラップにて表現すること。

社会への不満や不安に対する言葉、
自分自身を見つめ直す言葉、
政治的、宗教的内容にも言及、
思ってることを表現する、それが基本にあるため
そこにはリアルな言葉が所狭しと並んでいる。
そこには心に突き刺さるメッセージがごろごろ転がっているんです。

リアルな言葉には力がある。

その言葉は人に感動を与える力、
物事を考える機会を与えてくれる力を持っている。

しかし現在の日本、
カラオケ基準がスタンダードになってる昨今、
hiphopに限らずj-popも含め
メロディーライン重視の流れからくる
歌詞の置き去り状態。

それ故、b-boyに限らず音楽好きが
メディアで目にする耳にする大半の曲が内容の希薄な歌詞や
キレイ事の上っ面ラブソング等、
資本主義に益々拍車がかかった安売り感のある現在の音楽業界を
極端に嫌う理由でもあるんでしょう。。。
オリジナリティー溢れる曲が・・・

日本の民放テレビは
スポンサー、プロダクション、
それらの力が絶対。

リアルすぎるものはそれが故、
やっぱり難しいんかいな・・・
ユーモア溢れる曲もいっぱいあると思うんですが、、、
アメリカみたいにケーブルテレビを
誰でも見れる環境にできたらええのになんて思ったり。


それらのリアルな言葉が
お茶の間に普通に届く未来の日本があれば、、、
未来に希望が持てる人が今より増えそうな気がするんですが。。。


そんなこんなでここで紹介する曲、
子供たちの未来へ向けたメッセージソング、
“ソンはしないから聞いときな”

これがhiphopの良さであり神髄である。
hiphopだからこその、
歌詞というものの意味を余すことなく教えてくれる曲。

こんな曲を普通に耳にすることができたらええのになぁ。。。


こっちゃん、うたさん、
あんたらのやってる事もの凄い意味あることだで応援してるべ!
おもろすぎ・・・
by 第三会議室好き


“ソンはしないから聞いときな”
音量にはお気をつけて!



以下、
Wikipediaより。

K DUB SHINE(ケーダブシャイン、本名:各務 貢太(かがみ こうた)、1968年5月8日 - )は、日本のヒップホップMC。東京都渋谷区富ケ谷出身。

ヒップホップグループ、キングギドラのMC及びリーダー、radio aktive projeqtのMCを担当。ソロでも活動している。

略歴
東京都渋谷区富ヶ谷に生まれ、母一人子一人の母子家庭にて育つ(1980年代には同区神山町に転居)。 幼少の頃は病弱で、入退院を繰り返しており、小学生になるまで生きられないかもしれないと言われていたという。小学校時代には、中学受験のために四谷大塚へも通塾していたが、地元の渋谷区立松濤中学校に進んだ。高校は町田市にある私立高校へ入学。すぐに中退して、産経新聞社の主催する交換留学制度を利用して、アメリカ合衆国フロリダ州の高校へ留学。帰国後はテンプル大学日本校に通ったが、後に中退した。(当時同大学にはEAST ENDのGAKU-MCも通っており、この時点で知り合いになる)

80年代半ば頃にアメリカのヒップホップに出会い、後に自身もラップをするようになる。当初は、日本語はラップには向かないと考え英語でラップをしていたが、アメリカ人の友人に「何故日本語でラップしないのか」と問われた事をきっかけに、日本語によるラップを模索しはじめる。

主な活動歴
1993年
友人であったZEEBRAに自身の日本語によるラップを聴かせたところ意気投合し、ZEEBRAの幼馴染のDJ OASISを加え、日本語ラップグループ・キングギドラを結成する。グループでは自身が活動コンセプトを発案し、リーダーを務める。

1995年
キングギドラとしてアルバム『空からの力』でレコードデビュー。

1996年
ヒップホップイベントさんピンCAMPに出演。ソロ曲「機能停止」も披露する。
キングギドラとしての活動を停止し、ソロでの活動を開始する。
同年発行のS.H.フェルナンドJ.R.著 石山淳 訳『ヒップホップ・ビーツ』に翻訳協力・アルバム解説という形で参加している。

1997年
カッティング・エッジよりアルバム『現在時刻』を発表しソロメジャーデビュー。
DJ OASISらと共にアトミックボム・プロダクションズを設立する。

1998年
MISIAの楽曲「陽のあたる場所」のリミックス曲に客演として参加。
法務省主催の「社会を明るくする運動〜HIP HOPを見て聴いて若者を語る〜」に若者と大人を繋ぐ存在として参加。ヒップホップをほとんど聞かないような参加層の前でラップを披露。ヒップホップと社会との関係性を語り、若者と社会(大人)、双方の歩み寄りを訴えた。 ちなみに主催した政治家と友人であり、昔は一緒に悪い事をした仲でもある。

1999年
アトミックボム・プロダクションズを法人化し、渋谷を拠点に本格的に事業を開始する。

2000年
2ndアルバム『生きる』をリリース。

2001年
ミニアルバム『SAVE THE CHILDREN』をリリース。

〜〜中略〜〜

2009年
8月5日、不幸の事件で他界した高校生(ケンタS)が死前に録音していたラップ曲を、高校生がキングギドラのファンだと知ったDJ OASISと共に、「今の世の中」としてiTunes Storeで配信。名義は「K ダブシャイン feat. ケンタS」

2010年
1月27日、新曲3枚と2009年に発表した「今の世の中」を含む、2枚目のベストアルバムとなる「自主規制」を発売。


ここまで引用。

以上。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。