訪問感謝、音楽アップさせてもらって感謝。 一曲いい曲、ふらっと立ち寄る音楽の宿。
いい曲音楽生活宜しくどうぞ。随時更新。


注意:音量には十分お気をつけて!

HOLE

女帝コートニー・ラブ率いるHOLE。
コートニー・ラブの旦那は
あのNIRVANAのVo.カート・コバーンであることでも有名。

あまりにもワイルドな女性。

見た目にワイルドすぎるオーラが出まくっているが、
近年は女優としても活躍している。

彼女の出演映画を3本程観ているが
“200本のたばこ”では破茶目茶ぶりを発揮、

そして私も大好きな映画、“ラリーフリント”での熱演、
コートニーさん、女優としても見事に開花しました。



そんなコートニーさん率いるHOLEより
おっさんお気に入り曲、
“Celebrity Skin”



以下
Wikipediaより。

コートニー・ラブ (Courtney Love, 1964年7月9日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のミュージシャン(歌手、作詞家)で、ハリウッドで活躍する女優でもある。ホール(hole)のボーカルとギターを担当した。またニルヴァーナのカート・コバーンの妻としても有名。カートとの間に生まれた娘のフランシス・ビーンもモデルとして活動している。

生い立ち 〜ホール結成まで〜
グレイトフル・デッド(Grateful Dead)の信奉者だったハンク・ハリソン(Hank Harrison)と心理学者のリンダ・キャロル(Linda Caroll)との間にラブ・ミッチェル・ハリソン(Love Michelle Harrison)として生まれる。アメリカ国内を転々とし、一時オレゴン州で過ごす。幼少の頃にジミ・ヘンドリックスのアルバムエレクトリック・レディランドの裏ジャケットに写った。10代はストリッパーとしてアイルランド、日本、台湾、リバプールなどへも渡り、バンドのグルーピーをしたり、自らもいくつかのバンドを組んでいた。一時はフェイス・ノー・モアのヴォーカルも務めていたが、歌があまりうまくないことを理由に解雇される。

その後、ミネソタ州ミネアポリスにてシュガーベイビードールというバンドに参加する。後にベイブス・イン・トイランドを結成するキャット・ブジェランドやL7のメンバーもいた。そして一時期は彼女たちは同居しており、互いに気が強い者同士だったので、反発や争いが絶えなかったという。コートニーは何度も出て行きたいと考えたが、お金がなかったのでしばらくは仕方なく暮らしていたらしい。

ホール結成と妊娠、結婚、出産
1989年、ロサンゼルスでホールを結成。1991年、二人目の夫となるカート・コバーンと知り合い、妊娠、翌1992年に結婚。夫のバンド、ニルヴァーナが世界的なヒットを飛ばして一躍有名になるが、同時に二人の生活はマスコミの餌食となる。娘のフランシス・ビーン・コバーン(Frances Bean Cobain, 1992年8月18日 - )は健康体に生まれたが、妊娠中に彼女がドラッグを使用したと一部で報道されたために、ワシントン州は二人の養育権を疑い裁判になった。1993年初めに二人の主張が通りフランシスは二人の手元に。ホールの活動も再開し、1994年4月のアルバム発売に向けてレコーディングを始める。

カートの自殺とプラチナディスク
しかしドラッグの噂は始終二人に付きまとい、友人の説得や病院の治療も虚しく、1994年4月5日にカートは自殺してしまう。予定通りその一週間後にホールのセカンドアルバム『リブ・スルー・ディス(Live Through This)』が発売。様々な憶測ばかりが飛び交う中、このアルバムはプラチナ・ディスクとなった。

ここまで引用。

以上


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。