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注意:音量には十分お気をつけて!

Bread

Breadといえばもちろんこの曲、
“IF”

私が初めてこの曲を聴いたのは
ドラマ“この愛に生きて”でのこと。

あまりのメロディと声の美しさに
鳥肌が立ったことを覚えている。

素晴らしい曲。

こんな曲を世に出してくれたこと、
感謝。

ちなみに“この愛に生きて”、
私の好きなドラマ。

内容はというと、
中々凄いドラマなんです・・・


“IF”
音量にはお気をつけて!
http://youtu.be/5a_4fBH_7dk


以下
Wikipediaより。

ブレッド(Bread)は1968年ロサンゼルスで結成されたアメリカのソフトロックバンド。当初のメンバーはデヴィッド・ゲイツ(David Gates)、ジェイムス・グリフィン(James Griffin)、ロブ・ロイヤー(Robb Royer)の3人である。

バンド結成までは3人共作詞作曲やアレンジまたスタジオ・ミュージシャンとしてアメリカ西海岸一帯で下積みの仕事をしていた。ゲイツとグリフィンの2声ヴォーカルと、3人がドラムス以外の殆どの楽器を操るマルチ・ミュージシャンから成るバンドである。

レコード・デビューは1969年でジャック・ホルツマンのエレクトラ・レコードからタイトル『Bread』としてファースト・アルバムを発表。ファースト・アルバムのセールスはあまり芳しいものではなかったが、軽快なポップ・ナンバーやミドル・テンポのR&Bナンバー等のオリジナル曲が収められ早くも個性的な作風を漂わす内容であった。尚このアルバムにはセッション・ドラマーのジム・ゴードンが参加していた。日本では1972年にこのアルバムからシングル・カットされた「Dismal Day」(灰色の朝)が大ヒットした。

1970年にはドラマーのマイク・ボッツ(Mike Botts)を新メンバーに加えセカンド・アルバム『On The Waters』をリリースし、デヴィッド・ゲイツ作のメロディアスなシングル「Make It With You」(二人の架け橋)が全米No1に輝き一躍ブレッドの名は世界的なものになった。2作目のアルバムはより多彩な楽曲が収められ更に高度なアレンジを駆使したナンバーが目立つものになっていた。

3作目のアルバム『Manna』は1971年にリリース、ゲイツ作の「If」(イフ)は当時チャートの4位まで上がり、その美しい名バラッドは現在までブレッドの曲としては最もポピュラーなナンバーとして知られている。この後オリジナル・メンバーのロブ・ロイヤーがブレッドをシングル・ヒット・バンドとしてプロモーションし始めたレコード会社の方向性に疑問を感じ脱退する。『Manna』は大ヒット曲の「If」の他にジェイムス・グリフィンとロブ・ロイヤーのブルージーなR&Bナンバーやカントリー・フレイバーな好ナンバー等が並んでいた。

ロイヤーの後任にはキーボード及びベース・プレイヤーであるウエスト・コーストの有名なスタジオ・ミュージシャン、ラリー・ネクテル(Larry Knechtel)が参加し、1972年1月に4作目のアルバム『Baby I'm-A Want You』をリリース、4曲のトップ40シングル(内2曲がトップ5)を含んだこのポップ・ロック・アルバムは全米3位の大ヒットを記録しグラミー賞にもノミネートされた。

5作目の『Guitar Man』は最もロック・テイストにサウンド・メイキングされたアルバムであった。しかし1973年6月ソルトレイクシティでのライブ・コンサート中に突然グループを解散する事を発表しファンを驚かせる事になる。メンバーは必然的にソロ活動となったがその後何度か全員でのセッション活動も行っている。

1976年11月ブレッドは突然再結成、6作目のアルバム『Lost Without Your Love』を発表した。内容はアコースティックでよりポップな作風で、ツアーも行いファンを再び喜ばせたが、この1枚で再び正式解散となった。尚ブレッドは全てのレコーディングをメンバーがプロデュース、又メンバー自らのオリジナル曲で行ったバンドである。

1996年には解散時のメンバーで約2年間に亘りワールド・ツアーを行っている。 2005年にジェイムス・グリフィンとマイク・ボッツが夫々癌の為亡くなった。

2006年ブレッドはボーカル・グループ名誉の殿堂w:en:Vocal Group Hall of Fame入りを果たした。


ここまで引用。

以上


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