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注意:音量には十分お気をつけて!

Fatboy Slim

ノーマン・クックのソロプロジェクト、
Fatboy Slim。

イケイケすぎてるノーマンさん、
かっこよすぎです。

Fatboy Slimを知ったきっかけの曲、
“The Rockafeller Skank”

LPのジャケに写る人物がFatboy Slimさんだと
思ったのは私だけじゃないはず・・・?


そんな大物アーティストFatboy Slimから
“The Rockafeller Skank”
音量にはお気をつけて!



以下
Wikipediaより。

ファットボーイ・スリム(Fatboy Slim)のアーティスト名で最も知られるノーマン・クック(Norman Cook , 1963年7月13日 - )は、イギリスをはじめとする世界的音楽シーンを股にかけて活躍するアーティスト、DJである。ビッグ・ビートの主要アーティストの1人で、イギリスポピュラー音楽(主にテクノ・ハウス方面)の第一人者として音楽活動を行う。

ノーマンはイギリス・ブルームリーに生まれ、レッドヒルで育ち、大学時代からはブライトンに移り住んだ。ここブライトンは、後のノーマンの生涯においてもっとも重要な街であると言って過言ではないであろう。

彼の音楽活動は、1985年、友人ポール・ヒートンの勧誘で、彼の有するバンドであったハウス・マーティンズのベーシストを務めることから始まる。彼らは1986年(ノーマン加入からわずか1年)には、アイズレー・ジャスパー・アイズレーの"Caravan of Love"をカヴァーしてUKチャートNo.1を獲得している。しかし、1988年には彼らも解散、ノーマンはダンス・ミュージックに従事するため、ブライトンに戻って活動を続けることに。様々な創作・リミックス活動を経て、ビーツ・インターナショナルを結成する。1990年には2度目のNo.1となる"Dub Be Good To Me"をリリースするが、その後、妻との離婚による精神的ショックにより、2年間音楽活動から遠ざかることになる。

彼の音楽への情熱を取り戻させた一番の要素は、友人に誘われて行ったクラブで耳にしたロバート・オーウェンズの"I'll Be Your Friend"だった。触発されたノーマンは、トロンボーン奏者であったアシュレイ・スレイターを誘ってフリーク・パワーを結成し、精力的な活動を再開したが、"Turn On, Tune In, Cop Out"のヒットを契機に、徐々に衰退の道を歩むことになった。この頃ノーマンは、種々の活動においてアーティスト名を使い分けていた。Pizzaman, The Mighty Dub Kats, Fried Funk Foodなどがそれである。そしてこのような状況の中、ノーマンは1995年に"Fatboy Slim"を名乗ることになる。

彼のデビュー作は、シングル"Santa Cruz"。(ダミアン・ハリスのレーベル「スキント」の初作品でもあった。)この頃から彼の音楽はロンドン中のクラブでヘヴィー・ローテーションされ始め、1998年夏、ファットボーイ・スリム名義では初のアルバム、"Better Living Through Chemistry"をリリースする。その後も精力的な活動を続け、彼自身が火付け役となったビッグビートムーヴメントの最中リリースされたセカンドアルバムの"You've Come A Long Way, Baby"、その2年後の2000年にはサードアルバム"Halfway Between the Gutter and the Stars"のリリースと、常に音楽シーンをリードし続ける。2004年には4枚目のアルバムとなる"Palookaville"をリリース。

2002年7月13日、地元ブライトン・ビーチでの2度目のコンサートは25万人を集める大成功を収めた。しかし7月16日には25歳のオーストラリア人女性がコンサートの事故が元で死亡。以降、同様のライブは当局により禁止されていたが、2006年の6月にノーマン主催のネス湖でのRockness Festivalを開催し、2007年1月には再び地元のブライトン市民限定で2万人規模のコンサートを行った。


ここまで引用。

以上


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