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注意:音量には十分お気をつけて!

ウルフルズ

トータス松本率いるウルフルズ。

年をとってどんどんかっこよくなるトータス松本。
こんな四十台素敵です。

私自身ウルフルズのライブに行ったことはないんですが、
昔偶然、大阪のBIG CATというモールで、
ウルフルズがライブをしているところに出くわした。

“明日があるさ”のプロモーションライブだったんですが、
びっくりした。

“歌のうまさ”にびっくりした。

聴くものの心をソウルフルにする
トータス松本の歌声。

これからも変わらずウルフルズスタイルで
突っ走って欲しいものです。


“笑えれば”
音量にはお気をつけて!



以下
Wikipediaより。

ウルフルズ (ulfuls) は、日本のロックバンド。1988年に結成。1992年、東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。公式ファンクラブ名は「ウルフルクラブ」である。わいもくん、うちもちゃん、ホンキーマン、メタハン坊やというようなマスコットキャラクターが存在する。
1988年、英語の歌詞を用いたネオ・サイケバンド、D'fで活動していたウルフルケイスケが、大阪・中津のインド喫茶「カンテ・グランデ」(通称:カンテG)のバイト仲間であるトータス松本を何度かセッションに誘ったのち、D'fを脱退。松本らとともにウルフルズを結成。その後、ドラマーが脱退したため、客としてライブに来ていたサンコンJr.を勧誘。バンドに迎え入れた。

バンド名は、メンバーお気に入りのLPレコードのジャケットの帯にあった「ソウルフル」が改行のため「ウルフル」と読めたことに由来する。オオカミとは無関係。

1990年6月に東京での初ライヴ。1992年5月13日に東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。6月17日ファーストアルバム『爆発オンパレード』をリリース。

1996年、6枚目のシングル『ガッツだぜ!!』、続く7枚目のシングル『バンザイ 〜好きでよかった〜』、サード・アルバム『バンザイ』をリリース。アルバム『バンザイ』は100万枚を超える累計売上を記録した。同年、NHK紅白歌合戦に初出場。その際「『ガッツだぜ!!』の歌詞の一部が卑猥だ」として歌詞を変えるか否かが問題となり、最終的に一部分のみを変更した。

1999年、ベーシストのジョン・B・チョッパーが脱退し作家に転身。3人編成となる。

2001年、『明日があるさ』をリリース。同年、吉本興業オールスターズとも言えるRe:Japanとのコラボレーションで再び紅白歌合戦に出場した。

2002年『ウルフルズ10周年5時間ライブ!! 〜50曲ぐらい歌います〜』にジョン・B・チョッパーが出演。2003年6月1日に日比谷野外音楽堂にて行われたフリーライブにて正式に復帰、再び4人編成となった(ジョン・B・チョッパー脱退時、ライブやレコーディングを支えていたベーシストは、順にCHIROLYN、上野イチロー、高橋"Jr."知治の3人である。2000年以降2007年現在まで、ライブはキーボードの伊東ミキオを加え、5人で行っている。一部イベントやライブを除く。大々的に一般募集もしたが、かなりの応募があったが適役がいなかったとのこと。)

2003年に発売された『ええねん』は関西では「この年の日本シリーズで日本一を逃した阪神タイガースのファンの気持ちを代弁する曲」としても受け入れられたという見方がある[1]。もっとも、この曲が完成したのは阪神タイガースがリーグ優勝を決める2か月近く前のことである。『ええねん』は地元大阪のラジオ局FM802のOSAKAN HOT 100ではJ-POPとしては最長の9週連続1位を記録した。

2007年1月1日にワーナーミュージック・ジャパンに移籍。同時に、2007年に発売するシングル『情熱 A GO-GO』の歌詞を発表した。


ここまで引用。

以上


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