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注意:音量には十分お気をつけて!

エレファントカシマシ

ボーカルの宮本さん、
いい味出しまくりです・・・

いつか忘れたが、
エレカシのドキュメンタリー番組を
観たことがある。

その中で、
レコーディング中、宮本さんがギターの石森さんに対し、
すごい形相で剣幕を立てる姿があった。

凄まじい・・・
まさしくプロである。


“今宵の月のように”
そんな彼らの生き様が垣間見える名曲です。


※音量にお気をつけて!



以下
Wikipediaより。

彼らの音楽はROCKIN'ON JAPANの編集長山崎洋一郎や渋谷陽一らに常に高く評価されている(ちなみにこの両名は『CHERRY BOYS』と称してポニーキャニオン以降のアルバムのクレジット欄にSpecial thanksとして記されることとなる)。 また影響を受けたミュージシャンは数多く、2003年にはトリビュートアルバム『花男』が発売された。 日比谷野外音楽堂でのコンサートは1990年以来毎年行われており、年に一度の風物詩となっている。 公式ファンクラブは「PAO」である。

バンド名の由来は未だ不明だが、「”うるさいぞう”をひっくり返した」、「バンド結成当時はやっていた映画『エレファントマン』とカシマシ娘をくっつけた」、「鹿島という名の大きな鼻の人がいた」といった、言葉遊びの類だと言われている。1981年に宮本、石森、冨永を含む中学のクラスメートで結成された(そのほかにギターと女子のオルガンがいたという)。主にディープ・パープル、レインボー、RCサクセションのコピーを演奏。翌年EastWestの地区予選に参加し、初ステージを踏む。新宿JAMなどでライヴ活動を展開していた。1986年、冨永の高校時代の同級生だった高緑が加入し、現在のメンバーとなる。同年12月、CBS SONY SDオーディションに入賞。デビューのきっかけをつかみ、双啓舎と契約。

デビュー前に行われたイベントでは、観客が拍手をしたり声援を送ったりすると、「うるせぇ!」などとボーカルの宮本浩次が観客に毒づく場面があり、来場していた観客も戸惑いを隠せなかった。イベントで共演したバンドからTシャツにサインを求められた際、ロゴマークを塗りつぶした挙句、「バカ」とサインした上、ライターで火をつけて投げ返すなど、ステージの内外に関わらず傍若無人の振る舞いでデビュー後も異彩を放つことになる。

ここまで引用

以上


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